灸は身を灼くにあらず 心に燈を點すなり2009/06/14 10:44

今回は何時もと一寸趣向が変るが、6/9 (火) の NHK 「プロフェッショナル - 仕事の流儀」の番組を見て感じた事を述べてみたい。
 
この日の放送は、日本屈指の乳腺外科医である中村清吾医師の「人となり」に迫る感動的な番組であった。

以下、番組を見ていない方の為に、NHK のブログから引用すると、中村医師は、東京浅草で生まれ育った。 町で名を知られた鍼灸師だった父上は、何時も患者さんたちの愚痴や悩みを聴きながら、時には厳しく、時には優しく応対しておられたそうだ。 そんな父上の後姿を見て、中村医師は医道を志したのだと言う。

外科の道に進んだ中村医師は、何時しか病気を「治す」事にばかり目を向ける様になってしまい、患者さんの「声」に真摯に耳を傾ける姿勢を忘れてしまっていた。 そんな時、幼子を連れた再発患者さんが中村医師を頼ってやって来たのである。 「一日でも長く生かせてあげたい」と中村医師は願う。 然し、抗癌剤を次々に投与しても効き目はなく、副作用の厳しさばかりが彼女を襲った。 そして彼女は「子どもの世話をしたい」と言いつつ、苦しみながら息を引き取ってしまう。

中村医師は、「自分のやり方は本当に正しかったのか」と、深く悩むようになる。 悩む中、彼は乳癌剤治療の先進国、米国での研修を希望し、ここで患者さんを沢山の専門家で共に診るチーム医療を知るのである。 彼らは治療だけではなく、患者さんのその後の生活まで見据えて相談に乗っている。 帰国した中村医師は、時間を掛けながら同僚を説得、2005 年、遂にチーム医療を本格的にスタートさせたのである。

「白衣を着ていると、”先生” と思われるかもしれないけれど、それに溺れてはいけない。 もっと謙虚でないと」と彼は言う。 「謙虚さを喪うと、医師としての成長は止まってしまう」とも考えている。

そんな中村医師が外科医の道を志した時から座右の銘としている言葉があると言う。 それは鍼灸師だった父上が扇子に書き記した言葉で「灸は身を灼くにあらず 心に燈を點すなり」である。

確か、これと良く似た主旨のことを昭和の名灸師として慕われた深谷伊三郎氏も言っておられたのを想い出した。

が、この言葉でもう一つ想い出したのが、今でも名君と評される上杉鷹山を描いた藤沢周平の小説「漆の実のみのる国」であった。

上杉鷹山は藩主の座を退く際に「伝国之辞」を次の藩主に遺しており、”国家人民の為に立たる君にて、君の為に立たる国家人民には無之候” と言う有名な言葉が書かれている。 鷹山の素晴らしさは、藩政改革を推し進め、崩壊目前の藩財政を見事再建した事は勿論だが、何よりも、人々の心に「愛の火種」を植え付けて行った点にある。

「心に燈を點す」と言う中村医師の父上のこの言葉も意味する処は同じである。 私自身臨床に携わる一鍼灸師として、患者さんの心に「愛の火種」を點せられるか否か、一日でも早く深谷伊三郎氏や中村医師の域に一歩でも二歩でも近付きたい、と想いを新たにした次第である。

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