不確実性の時代と常識2010/08/28 03:57

9 月の民主党代表選に 「不肖」 小沢サンが立候補した.

全く政治の世界は摩訶不思議と言わざるを得ない. が, 不愉快極まりない出来事である.

当初は菅首相支持を表明していた鳩山サンは, いともあっさりと小沢支持に鞍替えしたのである.

政治とカネの問題を引き金に引責辞任した時, 鳩山サンは, 「政治とカネに決別する民主党を取り戻したい」と訴え, 小沢サンを道連れに選んだのではなかったのか?

さらに, 鳩山サンは政界引退をも表明したのではなかったのか?

然も, その舌の根も乾かぬうちにこの様な行動を取ったのである. 嘘を嘘とも思わぬ軽佻浮薄な鳩山サンらしい, と言えば, 如何にもその通りなのだが...

鳩山サンも小沢サンも, 自己の政治資金の問題は, 決して決着が付いたとはお世辞にも言い難く, 未だ黒いベールに包まれたままの状態なのである.

この様な動きを見ていて, 嘆かわしく思うのは, 「お止めなさい, あなたは間違っている」 と, 誰ひとりとして諫言しなかったらしい事である.

諫言するどころか, 山岡サンなどは小沢サンに出馬を懇請したらしいのである. 腰巾着もいいところだが, 私は同じ同郷人として恥ずかしい限りである.

英国の Financial Times なども, 政治とカネの問題を抱えて, 依然起訴される可能性のある小沢サンの出馬には奇異の念を持って眺めているようである. 「不思議な国ニッポン」 と言った見方なのだろう.

一昨日の日経に, 東洋英和女学院大学の村上陽一郎学長が 「あすへの話題」 のコラム欄で "不確実性の時代と常識" と題し, 次の様なエッセイを寄せている.

" 1977 年にカナダ生まれアメリカの経済学者ガルブレイスが 『不確実性の時代』 を提唱し, 翌年には日本にも紹介されてベストセラーにもなった.

正統派経済学者, とりわけフリードマンらからは強い批判を受けたが, 一世を風靡した.

今日あらためて科学・技術の世界に、 「不確実性」 という言葉が復権しつつある. と言っても, 量子力学の 「不確定性」 と直接の関係はない.

科学の成果が絡む社会的な問題, 例えば遺伝子組み換え作物の農業への導入とか, 犯罪における DNA 鑑定などでは, 科学者が, 意志決定の場面で証言を求められることが多くなっている.

科学者の立場からすれば, こうした純粋に実験室的な研究を超えた世界では, 証言できるとすれば, しかじかの条件が整ったときには黒である, あるいは白である, あるいは, 天気予報のように黒 (白) である確率は何パーセントである, というような限定的な発言しかあり得ないはずで, 百パーセント確実な証言はできない.

とりわけ, 生態学や環境科学などでは, 関与する要素のなかに人間活動も含まれるから, 確実な因果連鎖を証言することはなおさら難しくなる.

にもかかわらず, 社会としては, 多くの場合, 確定的な意志決定をしなければならない. その際, 専門的な科学者の確定的でない証言を考慮しながらも, なお決定に導く根拠を何に求めたらよいのだろうか.

公衆の間にある常識あるいは賢慮がそうした根拠の一つとして注目されている.

科学絡みではないが, 裁判員制度も司法における意志決定に常識や賢慮を動員しようとするところは同じである.

社会の常識が健全であることが切望される. "

村上学長の言葉を借りるならば, 今や, 政治の世界においてこそ, その意思決定に 「常識や賢慮」 を動員しなければならないのだ.

政治家連中の 「常識」 が健全である事が今ほど切望される時代もあるまい.

政治家連中の常識は 「甚く病み, 腐り切っている」 としか言い様がない.

我々自身も, この様な政治家を選んでいる事を大いに恥じ, 猛省すべきではないかと思うのである.

と言う事で, 今回は無理矢理 「政界の Mental Disease」 として, 表題の 「健康小話」 に結び付けた次第である.
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はり・きゅう・マッサージ トミイ
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